もうすでに無くなってしまったお店の事を書くのはほんとに残念。中華街の鴻昌(こうしょう)と永楽園。 |
横浜の中華街とは中学時代からのの何十年ものおつきあいです。
餃子を食べたのも中華街が初めてでした。
ませた中学の同級生にここの餃子がうまいと連れられて、はじめて餃子定食を食べたのを覚えています。
大ぶりな餃子が5、6個、それにスープとご飯が付いて150円だったと思います。
当時中華街のわりと近所に住んでいたので、その後高校、大学と中華街にはしょっちゅう通っていました。
特に深夜までやっていたあるお店には週に数回は通っていたような気がします。
このお店の肉そばと餃子(当時の定番メニュー)は僕にとってまったく普通の味で、その頃には特に美味しいものとは思っていませんでした。
ところが会社に入って東京に出るようになり、そこでで餃子や麺を食べてみるとそれは今まで食べてきたものとはまったく違い、カルチャーショックを受けたのです。
そしてこのお店の素晴らしさに気が付いたのはずっと後の事でした。
もともと横浜の中華街には餃子を扱っているお店は少なかったのですけど、(今でも少ないです)
そのお店の餃子は大柄で皮がもっちりとしていて、中には溢れんばかりにたっぷりの豚肉が詰まっていて、熱々のをほうばると肉の旨みがずっしりと口中に広がります。
ところが東京で食べる餃子といえばペラペラの薄い皮にたぶん野菜がメインだと思われるペースト状の具が入っているというまったく別の食べ物だったのです。これには驚きました。
最近流行っているパリパリの餃子の皮というのも、僕には違和感があります。焦げ目はついていても、やっぱり皮は適度にむっちりでないと・・・これはピザも同じだと思うのは僕だけでしょうか?
そんなわけで餃子を食べる時はいまだに大学時代に週2度は行っていたというこのお店にいくのですが、驚くことにここは45年くらい前から現在までまったく味が変っていないのです。
ここの何の変哲もないチャーハンも実は絶品でして、餃子とチャーハンのセットは黄金の組み合わせです。
本物のチャーシュが入ったその店のチャーハンがシンプルながら実はたいした逸品だったと気づいたのは随分と沢山の経験を積んだ後のことでした。
学生時代は特に美味しいお店だとも追わずに通っていたのですから、今思うとなんとも贅沢なことです。
蛇足ながら、街のラーメン家さんのチャーハンと餃子の味を想像しないでください。
くどいようですが、呼び名は同じですけどそれはなぜか僕にとってはまったく違ったものなのです。
思わず思い出しただけであまりのおいしさに興奮してつい餃子の話から書き出してしまいましたが、無くなってしまった2軒のお店のメニューに餃子はありませんでした。
この2軒のお店の思い出のメニューはともに本物の焼豚を使ったものでした。
チャーシューほど最近とみに誤解されている食べ物はないでしょう。いつのまに煮豚がチャーシューと呼ばれるようになってしまったのでしょう。
町のラーメン屋さんでチャーシューと呼ばれているものは、ほんのりと八角の香りがしてしっかり歯ごたえのある焼き色のついた焼豚とはまったく別のものなのです。
そして鴻昌(こうしょう)はそのチャーシュの名店でもありました。
鴻昌は中華街でも歴史の古いお店でした。ガラスの引き戸の横にガラスのショーケースがあってそこに焼いた家鴨やチャシューが吊るされているという、世界中の中華街で見られる典型的なお店の構えでした。
どこの国でもこういう店構のお店は美味しいのです。
その斜め前にある有昌というお店もチャーシューが有名なので、チャシューを買うときはこのどちらかのお店というのが定番でした。
そのお店のショーウインドにつるしてある長い棒のようなチャーシュを薄切りにして載せてあるのが鴻昌のチャーシューメンです。
今流行りのラーメンチェーンのラーメンの味を想像すると、ここのチャーシュ麺は拍子抜けするほどさっぱりしていると感じるはずです。
たぶん「何これ、薄すぎる!」と思う人が多いはずです。
それほど最近のラーメン屋さんは濃い味が普通になっているようですが、こってりした最近流行りのラーメンは中華街の麺とはこれまた別の食べ物です。
鶏がらの薄いしょうゆ味のスープに噛むとほんのりと甘みのある味のする歯ごたえのある焼豚が載っています。
麺は多少平べったくてすべすべつるつるしています。本当につるっと食べてしまうようなさっぱりしたチャーシュ麺なのですが、しばらくたつとまた食べたくなるような独特な魅力がありました。
いま思い出しても食べたくなりますがもう食べることが出来なくなったのはほんとに残念です。
永楽園は少し外れにあった小さなお店です。お客さんも常連がほとんどだったようで、観光客はまったくおらず地元で働いているような人ばかりでした。
なによりも中華街でも一番安いのではないかと思われる値段がすごい、僕たちは勝手に「安い物屋」などと呼んでいたほどです(失礼)
しかしその値段とは裏腹に実に美味しいものを食べさせてくれました。感謝!
ここの定番メニューはやはり焼豚を使った焼豚丼です。
切ったままのチャシューを使ったものと、細切りにしたものが選べます。これが豆板醤のような辛いソースで長ネギと一緒に供されます。
たぶん香港あたりの定番メニューだったのではないかと思います。
もちろんきちんと焼きあげた本物のチャーシューです、値段も途中で値上げしても500円台と格安だったように思います。ちょっと辛みのあるソースと葱、チャーシュの甘さがごはんと実に良く合いました。
このお店が締まるきっかけはブーンと大きな音を立てていた古い大型の冷房機にありました。
これが故障してしまい、修理するのにお金がかかるので、それならお店を閉めてしまおうという話を聞いた時には、常連たちがお金を集めて冷房機を寄付するからお店を閉めないで欲しい、という話が出たそうです。しかし残念ながらこちらも閉店してしまいました。
こういう特徴のあるお店が無くなって行くのは寂しいことです。
しかし幸いにも、(ほんとうに!)
何十年も通っている餃子とチャーハンの黄金コンビのお店だけはまだあります。
しかもまったく変わらない味で!
実はここのパーコー麺や牛バラ煮込みそばも絶品なのです。他にも肉そばや高菜そばも美味しいので、これらを順番に食べていればずっと飽きることはありません。
こういうお店がいつまでも残ってほしいと思っているのはきっと僕だけでなく、同じように思っている人が沢山いるはずです。
結局美味しいお店というのは普遍的なものではなく、何らかの偶然から始まり長い年月の中でその人だけが作り上げて行くというきわめて個人的な体験ということになるのでしょう。