55年間も存続している偉大なる全集。早川異色作家短編集シリーズはすごい! |
高校に入学してほやほやの頃、親しくなった奴が当時としてはとんでもないSFファンだった。
まだ小松左京や筒井康隆などが世にさほど認められていない時代。半村良だってまだまだデビューして1年くらいの新人だったような時代です。
学校の近くにあった彼の家を訪ねてみると壁にズラーっと細長い形の海外のペーパブックのような早川書房のSFシリーズが並んでいて、その中でしっかりと光り輝いて見えたのがこの異色作家短編シリーズだったのです。
いまどきの本には存在しない黄色のボックス型のブックカバーに厚い紙でできた赤い表紙に蜘蛛の巣の図案?が描かれたこの本の装丁は今でも懐かしく感じます。
下の写真の赤い本がそれで、この本はダールのキス・キスです。
まだアルバイトなど出来ないのが一般的なこの時代にこういうしっかりした本は結構高価だったので(当時の定価は450円ですが、その頃ラーメンは確か80円くらいだった?)そう簡単に買う事は出来なかったのですが、彼が気前よく貸してくれたおかげで全巻読むことが出来ました。
ほかにも彼が集めていたSFをかったっぱしから読んだものでしたが、そのたくさんのSF本の中に混じってこの異色作家短編全集はまだ若くて新鮮な脳に世の中にはこんなにも不思議で面白い話があるもんだと教えてくれたのです。
そればかりでなくその後も折に触れてこの全集に登場する作家たちと出会うことになります。
そういう次第でこの全集は今にいたるまで、なんとなく気になる存在だったのです。
ところが最近本屋に行って気がついたのですが、装丁と大きさは変われど、この全集はいまだ健在だったのです。
この短編小説小説全集に共通しているテイストは曖昧模糊とした奇妙な不思議さでした。そこには世の中の不思議な出来事が霧の中にうっすらと見える島影のように見えたのです。
ところが現代ではどうでしょう。始まりは遊星からの物体Xあたりからでしょうか、それはエイリアンへ経て最近のあらゆる映画やアニメの中で、霧の中にいたなんだかわからない物がはっきりとリアルにその恐ろしい姿を目の前にさらすようになったのです。
それどころかこのあまりにもリアルな怪物たちは日常生活の場面の中にも普通に登場し、ゲームやTVなどでも血なまぐさい戦闘場面などを目の間で繰り広げるようになったのです。
まだ若い感受性がこれだけ刺激の強い世界を見続けている弊害について、世の中があまり神経質にならないのは不思議なくらいで、大人もすっかりその刺激にならされているからかも知れません。もしかするとこの感覚の変化こそホラーよりもよっぽど怖いかもしれません?
この短編集の中に存在しているちょっとだけ奇妙で不思議な世界は、血に塗られた刺激の強い映像に世界の隅まで追いやられて今頃はため息をついているに違いありません。
それはまるでブラッドベリーの短編にある、物語の主人公たちが月に生息していて地球でその物語が忘れられるたびに消えて行ってしまう場面を想像させます。
この全集の中で特に記憶に残っているのが、ロアルド・ダールの【キス・キス】、リチャード・マシソンの【13のショック】、ロバート・ブロックの【血は冷たく流れる】、ロバート・シェクリイの【無限がいっぱい】、ジャック・フィニーの【レベル3】、チャールズ・ボーモントの【夜の旅・その他の旅】などでした。
そして日本では当時まったく知られていなかったこれらの作家がTVや映画の世界にも深く関わっていたのを知ったのはずっと後の事でした。
ロアルド・ダールは2005年にテイムバートンにより映画化された【チャーリーとチョコレート工場の秘密】の原作者でもあり、あの楽しかった傑作ミュージカル【チキ・チキ・バンバン】の脚本も書いています。蛇足ですけどこの映画の原作があの007のイアン・フレミングだというのも驚きです。
マシソンはスピルバーグのデビュー作【激突】の原作と脚本をはじめ、ウイルスミスの主演した【アイ アム リジェンド】の原作者でもあります。また60年代に人気のあったTV番組【トワイライト・ゾーン】などでも脚本を書いていました。この番組はとっても怖くていつもどきどきしながら見ていました。
マシスンにはまるでマーラーの交響曲が主題のような小説もあるのですが、これについては改めて書こうと思っていますのでここでは割愛。
ロバート・ブロックは言わずと知れたヒッチコックの【サイコ】の原作者です。シェクリーはSF作家としても有名ですが彼の原作で【華麗なる殺人】【フリージャック】などが映画化されています。
フィニイは盗まれた町が4回も映画化されているし、シナトラが主演した【クイーンメリー号襲撃】も彼の原作です。ボーモントには映画化された作品はありませんが、マシスンと同じくTVの【トワリライトゾーン】の脚本を書いています。
あげればもっといろいろとあるのでしょうが、この地味に見える短編集の作者たちは小説だけでなくTVや映画の世界でもものすごーく活躍していたのでした。
1960年代にこういった作者たちを選んでシリーズを刊行した早川書房の慧眼には敬服するばかりです。
さらに驚くべきことはこの全集がいまだに本屋さんで売られているということです!
そればかりか2005年には新たにアンソロジー3巻も発売されたようです。(早川書房がんばれ!ちなみに昔の米国のペーパバックのようなかっこうの良いミステリーシリーズは年寄りには字が小さくてもう読めません)
昔はどこの家庭にも少年少女文学全集とかなんとか、そんな類の全集があったものですが、今ではすっかり姿を消してしまっています。
そんな世の中で55年間も全集としての姿を保ち続けてきたとは、なんとも偉大なシリーズではありませんか!