満天の星、秋の夜空を渡って行く音・・ギドン・クレーメルその透明な音 |
僕がクラシックを聞き始めたのは、せいぜいここ10年くらいなので、中高生の時から聞きだしてから、もはや40年近く聞き続けているという僕のまわりの人たちと較べて批評をするような知識も経験もないのですけど、しろーとが聞いても衝撃を受けるようなコンサートというのがこの世の中には存在するようです。残念ながらごくごくたまにみたいですけど・・・。
そういうコンサートに出会ってしまうと、これは凄かったよ!と人に言いたくなるのは、僕がおせっかいなのか、それともとても親切なのか?
それはともかく、昨晩のクレーメルの演奏会がその一つでした。
それは良いものを聞いたとか見たとか言う言葉よりも、何かとてつもないようなものに出会ってしまったと言ったほうがより正確な気がします。
クレーメルはアフターモーツアルトとかバッハと現代音楽を組み合わせたアルバムとか何枚か持っていますが、今まで聞いた印象では、何となく正統派よりちょっとはずれた人?かなと自分なりに思っていました。
普段聞きなれたグルミヨーとかシェリングとかの濃厚だったり、端正だったりする演奏とはちょっと異質な感じで、ピーンと張ったような硬質な音がちょっと冷たく金属的に聞こえてあまり積極的に聞く気になるとは言えませんでした。
ところが先日プリアンプが新しくなったタイミングでたまたま聞いた、主に現代音楽を集めた‘深き淵より’というアルバムを聞くと、その素晴らしさにたちまちはまってしまい、あっというまに最近の愛聴盤となってしまったのです!
そこで昔のCDをひっくり返して出てきたクレーメルのモーツアルトのバイオリン協奏曲(アーノンクール、ウイーンフィル)を聞き直して見るとこれがまた良いではないですか。この変わり身の早さも僕の特徴の一つですけど。
というわけでプリアンプによる音色の変化がひとつのきっかけではあるのですが、近頃なぜかクレーメルがマイブームになっていたのです。
そこにタイミング良くクレーメルが来日したのでした。
‘深き淵より’というアルバムは彼の私兵たるクレメータ・バルテイカとの共演ですが、この弦楽オーケストラの透明感のある音色にもすっかりまいっていたので、コンサートはこのオケとの共演するプログラムを選びました。
最初はシューマンのチェロ協奏曲をアレンジしたもの、初めて生で聞くクレーメルのバイオリンとクレメーター・バルテイカの音色はCDで聞くよりずっと柔らかいものでした。
やっぱり生の音はたまらなくいいな、と思うのはいつものこと。
続いてモーツアルトのピアノ協奏曲23番、チケットを購入するとき、なんでクレーメルなのにピアノ協奏曲?そしてバルテイカは弦楽器だけなのに、第Ⅱ楽章の木管と弦とのたとえようも無く美しい部分はどうやって演奏するんだろう、クレーメルが独自のアレンジするのだったら面白いな、と思っていたのですが、それはさすがに考えすぎで、木管、金管は日本人による助っ人が入っていました。
僕はモーツアルトのピアノ協奏曲がたまらなく好きで、アルバムも様々な演奏で20枚近く持っています。
中でもこの23番は好きな曲なので、これを生で聞くことが出来るというだけで心臓がどきどきするほどでした。
ピアノを弾くのはまったく名前も知らないうら若き乙女で、コロコロと転がる様な軽快なタッチです。
バックの弦はさすがというほど切れ味が良く軽快で、僕としては贔屓の曲なので十分楽しんだばかりか、少々感動までしてしまいました。
会場もすごい拍手でアンコールまであり、リストの有名曲を弾きましたが、このコンサートではちょっとね?という感じはありました。
アンコールでの印象はピアニストがともかく高いハイヒールを履いていたので、これでよく転ばないなというのと、好きな曲を生で聞くことの出来た喜びで、幸せな気持ちいっぱいでした。
これで一部が終わってロビーでMさんと出会いました。Mさんは一度聞いただけで曲を覚えてしまうばかりか、口ずさんでしまうこともあるほと耳の良い人なのです。
よかったね!と僕が言うのと同時に、Mさんは‘あのピアノなに!’でした。
Mさんによれば早引きではあるが、芯がないというかともかく自分の好みには合わないとのことでした。
かように人の印象は異なるものでして、特に僕の批評などいかにあてにならないか解ろうと言うものです。
ところが休憩をはさんだ後のベートーベンバイオリン協奏曲ニ長調は、そんな僕にでも解るほどとんでも無く凄いものだったのです。
協奏曲だけのコンサートなんてきっとあまり印象に残らない軽いものだろうという予想はこの曲で見事に裏切られました。
それどころか、これってほんとにベートーベン?と思うくらいに変幻自在、まるで熱気あふれるハードバップJAZZの生演奏を聞いているんじゃないかと錯覚するほど。
ベートーベンらしい重厚なクラシック音楽が流れていたかと思うと、いきなり一陣の風のようにクレーメールのソロが入り、そこには台風の後の夕暮れの赤い光のような異次元の空間がぽかっと出現するようでした。
そのパターンが入れ替わり立ち替わり舞台にあらわれ、それはまるで満天の星空の下で踊り狂うオーロラの光のようで、そのまばゆさにひたすら魅了されるばかりでした。
そして同じように素晴らしいのがクレメーター・バルテイカの演奏。ピーンと張り詰めたような緊張感ある演奏はCDでも良くわかるのですが、生で聞いて驚くのは切れ味の良さとその迫力です。
20数名の弦ながらまるでフルオーケストラを聞くような音量と迫力。数カ月前に聞いた日本の某フルオケのマーラーより明らかに迫力がありました!
低弦は僅か二人のコントラバスと4人のチェロ、たったこれだけの人数でサントリーホールを揺るがすような低音が響くのです。驚き!
これが肉食人種のすごさでしょうか?倍以上の人数でもこれほどの迫力を感じさせない日本のオーケストラはおおいに反省してもらいたいものです?
しかしバイオリンというのがあれほど自由自在に様々な音を奏でるとは!
それはバイオリンを弾いているというより、バイオリンが自分自身で音を出しているんじゃないかと思うほど自然で繊細でかつ力強く、なるほど名人芸とはこういうのを言うんだろうなひとりで納得していました。
というわけでそのあまりの素晴らしさにすっかり感動してしまった僕は、この後まだ3回も公演が残っているクレーメルのコンサートにまた行きたいなと、心細いふところと相談しながら悩んでいるところです。
お暇があって、しかも懐に余裕のある方はぜひ体験してください。こんなすん[ごい音楽がこの世にはあるのですから。