疾風怒濤のビバルデイ! エンリコ・オフノリとチバンゴ・コンソート |
バロック音楽を聞くと心が休まるという人が多いと思います。
シンプルで解りやすいメロデイの繰り返しに、テンポの良い通奏低音が色どりを添え、まるで春の海の寄せては返す穏やかな波を眺めているような気持ちになります。
僕がクラシックに興味を持ちだした頃、たまたま店頭の試聴機で聞いてこれは良いと購入したのがゼレンカ作曲のトリオソナタでした。
オーボエとバスーンの合奏の音色の響きがとても暖かく、気に入って良く聞いていました。
柔らかな音色とハーモニーが親しみやすいメロデイを奏でるとても気持ちの良い曲です。
その気持ち良さが忘れられずにしばらくは結構バロックばかり聞いていました。
バッハは当時の僕にはまじめ一方で少々固すぎて、ちょっと商売人で解りやすく色気もある?ヘンデルを随分と聞きました。ヘンデルは屈託がなくのんびりと聞けたからです。
合奏協奏曲やトリオソナタ、歌曲の「陽気な人、ふさぐ人、温和な人」もとてもお気に入りの曲でした。
もちろん「メサイヤ」だって「マタイ」に較べると構えないで気楽に聞くことが出来ます。
かたや「受難」でかたや「復活」ですから、どっちが明るいかと言えば当然!
曲作りの題材の選び方にも性格が出ているのかも知れません?
ヘンデルの歌劇も随分と聞きましたが、どれもがあまりにも似ているので、いまだにどれがどのオペラの曲なのかわかりません。
有名なオンブラ・マイ・フだけは別ですけど、でもこの曲が入っているオペラはなぜかほとんど上演されないのですね。
彼のオペラは現代に舞台を移して上演されることが多いのですが、なぜかそれがとてもしっくりと似合うのは不思議です。
どこか彼の音楽にとても現代的な部分があるのかも知れません?
僕が実際に見た舞台も1930年代のシカゴあたりを舞台にしたもので、ギャングや車が登場して、とても面白かったです。
僕にクラシック音楽の手ほどきをしてくれたレコード収集家のIさんが、たまたまバロックをお好きということもあり随分とお勧めのレコードを聞かせてもらいました。
この時代の音楽は素晴らしい宗教音楽を抜きにして語ることは出来ないのですが、その話は別項に譲るとして、今回は宗教とは直接関係のない曲だけについて書くことにします。
いろいろ聞かせていただいた中で、とても気に入った曲がクープラン作曲のル・ナシオン(諸国の人々)やテレマン作曲のターヘルムジーク(食卓の音楽)です。またオーボエの音色が好きだったのでいろんな作曲家のオーボエ協奏曲も良く聞きました。
荘厳だったり、天国のように美しかったりする目的が、信仰や教会の権威を広めるためだった音楽とは違い、貴族の楽しみのために書かれたので(たぶん?)ずっと気楽に聞くことが出来るのかもしれません。
TVコマーシャルにでも使えそうな親しみやすいメロデイの「アルビノーニのアダージオ」「バッハベルのカノン」なんかも、もちろん良く聞きました。
こういった穏やかな曲の演奏で一番好きなのがパイヤール指揮、パイヤール室内管弦楽団の華麗でねっとりとした美しい演奏です。
パイヤールのひたすら美しいだけ?の演奏は、これにたっぷりと浸って聞いていると露天風呂に入って頭をすっかり空にして青空を眺めているようなとろけるような快感があります。
現代ではこのような耽美的で大人しく丁寧な演奏は流行らないらしいと思いますが、僕は好きです。
さて早くも桜が満開になりそうだった3月も半ばを過ぎた頃、出かけてみたのがバロックバイオリンのエンリコ・オフノリとチパンゴ・コンソートのコンサートです。
この組み合わせの演奏はCDで聞いてなかなか良いなと思ったので、ぜひ生演奏を聞いてみたいと思っていました。東京では一度しか公演がないのでぎっしりと満員でした。
本物の演奏を聞いてみて驚きました。パイヤールによるまったりしたバロックとは正反対のまさに疾風怒濤の演奏だったのです!
ビバルデイはバロック音楽のなかでも一人だけ異色に感じます?
聞いているととても艶めかしく、激しく聞こえるからです。
ただ能天気に気分良くどっぷりと浸って聞いているような音楽ではなく、なぜか激しく噴き出してくる情熱のようなものを感じてしまうのです。
真の天才がみなそうであるように?不可思議な存在であるようにビバルデイもまた不思議な人です?
ビバルデイは司祭のくせにあまり宗教的な音楽を作っていないのはなぜでしょう?
(と書いたのですけど、後に僕のクラシックの先生に聞いたところ、ミサ曲だけでも6曲あり、なかでもグロリアはヨーロッパではとても有名な曲で、イベントのオープニングなどに良く使われるそうです。まったく知識もないのにこういうのを書くと恥をかきます。まったく冷や汗もの!)
まるで現代のAKB48と同じように、若い女の子に演奏させ、当時人気絶頂にあった作曲家、音楽家、プロデユーサーだったはずなのに、晩年はなぜか故郷から遠いウイーンでひっそりとその生涯を閉じると言う、波乱に満ちた人生はその音楽と同じようになんとも興味深いものです。
そのビバルデイを得意とするオフノリはまるでジプシー音楽のように激しく、強風が息をするように強弱の振幅の大きい演奏をします。
一般的なオリジナル楽器の引きずるような重くて暗いバイオリンとは違い、強い光が反射するようなブリリアントな音色です。
クイケンの生演奏も聞いてその激しさに驚いたことがありますが、クイケンの重々しさにくらべるとオフノリはずっと軽くて派手です。
どっかで聞いたことのあるサウンドだと思ったら、以前レコードを持っていた「イル・ジャルデイーノ・アルモニコ」を創設した人でした!このレコードを聞いた時、その風変りな演奏に随分と驚いたものです。
そのオフノリとぴったり息の合った演奏をするのがチパンゴ・コンソートという日本のバロック・アンサンブルです。
こちらもまたロック・アンサンブル?と言ってもいいほどの情熱的な演奏です。
17名というバロックにしては大編成の立派なオケで、ヴィオローネ、テオルボ、美しい作りのオルガン、ハープシーコードなど古くて珍しい楽器もはいった、こてこてのオリジナル楽器によるアンサンブルです。
しかしこの楽器編成からは想像できないような?一糸乱れぬ激しくも情熱的な演奏をするのです。
ビバルデイの波乱の生涯、そしてとどめることの出来ないような才能の奔流を表現するにはふさわしい演奏かも知れません。また、もしかすると当時は本当にこんな演奏だったのかも知れません。
しかし実際に当時の演奏がどうだったかは別として、優雅だった時代と人の幻想が好きな僕にはいささか激しすぎて、せわしなく感じられたのでした。
家に戻ってパイヤールのまったりした演奏のレコードを聞くと、本当は存在していなかったかもしれない優雅で華麗な時代が懐かしく感じられました。年とった証拠?
同じバロックというくくりの中でも演奏によってまるで違う音楽のジャンルのように聞こえるのですから面白いですね。
しかも現代楽器を使っての演奏のほうが昔風に優雅に聞こえて、なぜかオリジナル楽器を使った演奏のほうが現代的でスピード感があるという逆転現象も、とても不思議で面白く思いました。