僕の好きだったスポーツクーペたち。 |

今回は車の話しですが、残念ながら文中に登場するような懐かしい車の写真は持っていません。そこでここ数年の間に撮った車の写真でお茶を濁しています。あしからず。
スポーツクーペという言葉自体今の若者にはどう思われているのか見当がつきません。昔僕たちがあこがれたスポーツクーペというのはもはや遠い過去の幻影なのかも知れません。現在ある唯一の国産小型クーペのトヨタ86、スバルBRZ(同じ車と言ってよいものです)も、もはやスーパーカーの領域(価格も)に行ってしまったGTRなんて言うのもさしずめ蘇った亡霊なのかも知れません。こういう車は現在は趣味の車としてごく特別な人だけが乗る車のようです。
そこいくと60年代のクーペは特別な存在のスポーツカーとは違い、誰もがかっこ良いと思い手に入れたい車の筆頭だったのです。(特に若者にとっては!)価格だってクーペボデイが格段に高いわけでもなく大衆車のバリーエーションとして普通に存在していました。
実用的には不便にもかかわらず2ドアで屋根が流線型に傾斜しているクーペボデイにあこがれたのはその形がスピードと高性能の象徴のようなものだったからです。
馬力だって多ければ多いほど威張れたのです。そこいくと現代の若者がエコカーのプリウスやアクアにエアロパーツをつけたり太いタイヤに交換したりしてかっこよいと思っている感覚にはまったくついていけません。

さて60年代、車が若者にもある程度身近な存在になった頃、町のバイク工場に毛の生えたような?バイク屋がいきなり作った車がスポーツカーだったというのは時代を象徴するような出来事でした。今思うとずいぶん乱暴な話ですがマーケッテイングとか消費者のニーズとか小うるさい言葉もなかった時代、ともかくかっこよい車を作りたいという情熱だけから生まれた車のように見えます。
なんというシンプルな時代だったのでしょう。HONDA S600そしてS800がその車です。そしてS800にはハードトップだけでなく別ボデイをまとったクーペも存在していたのです。
なだらかなラインを描いて落ちるルーフラインは当時の流行と同じようにスパッと切り落とされて、それはオープンモデルよりも一層小さく、まるでイタリア製スポーツカーのように見えたものです。
この車は運転席に座ってみてもいかにもスポーツカーでした。お尻が地面につくような気がするほど低い着座位置、狭いバスタブに身を横たえるかのように足を横に出すスタイルのタイトな空間、まさにこれこそスポーツカーのコックピットでした。
後にマツダロードスターが発売された時に乗ってみて、まるで普通の乗用車みたいに感じたのもこの時の体験が大きかったからでしょう。
時代はごちゃまぜになりますがその後にも巷でわが物顔で風を切って走っていた車がいくつかあります。
もちろん人によってその印象は大きく違ったことでしょう、たとえばカーグラフィックはこの頃からずっと大きくて重いスカイラインにあまり良いインプレッションは無かったようでその愛読者だった僕も大いにその影響を受けていたようです。

僕の思い出に残る車といえば、まずはべレットGT、これはスカイラインよりずっと小柄でブリテイッシュグリーンに塗られればそのまま英国車に見えそうな古典的クーペスタイルでした。
以前にもブログに書いた117クーペはこの頃はまだまだ高値の花でトヨタの2000GTなどと同じく高級スポーツカーの範疇にあった気がします。日産の作った車の中では一番美しい車だった(僕の見解です!)初代シルビアもまた同じです。
べレットGTと同じように親しみやすいクーペがマツダのファミリアロータリークーぺでした。こちらも中々スタイリッシュなクーペスタイルでその小さなボデイに盾グリルでもつければそのままイタリア車として通用するようなかっこよさでした。ロータリーエンジを積んだこの車は小型なのに高性能で、レースでも大活躍しました。同じマツダのカペラロータリークーペというベルトーネのデザインのなかなか美しいボデイをまとった車もありましたが、こちらも高級車の部類でしょう。
すごいのは軽自動車にもクーペがあったことです。しかもデザインはあのジウジアーロです。楔型のクーペボデイが今見てもなかなかの迫力のフロンテクーペです。
クーペではありませんがダイハツのコンパーノのカブリオレモデルも好きな車でした、こちらもビニヤーレでしたっけ、イタリア人デザイナーの手によるものでおしゃれな車でした。
もちろん大衆車にもクーペモデルが存在しました。その初めが真っ向からぶつかって競争していたサニーとカローラです。サニーがクーペを作ればカローラはよりマイルドで高級な雰囲気を持ったカローラファーストバックで対抗したのです。

そして僕自身が13万キロくらい走った名車、2代目の日産サニーの1200クーペがあります。
軽量なボデイにOHVながら良く回る傑作エンジンを積んだこの車はまるでムスタングハッチバックを無理やり縮小したようなデザインで飛ぶように良く走りました。
その後大衆車は後輪駆動から前輪駆動に移って行ったので構造上?クーぺスタイルはデザイン的に難しくなりました。
その中で独特のまるでミッドシップを模したようなデザインで気を吐いたのが前輪駆動の日産チェーリーのクーペでした。後方部分にボリュームのあるミッドシップのようなデザインのくせに腰高なその姿はとても個性的でした。
その後同じ前輪駆動でも当時のフェラーリよりフロントのフェンダーラインが低いと言われた2代目プレリュードがクーペ時代の全盛期だったかもしれません。
トヨタでさえクーペモデル専用のセリカに加えて、マスタングをコピーしたような雰囲気の日本のポニーカーのスープラと2種類のクーペがありました。
そして日産では走りやに支持された(今でも国道246を走ると、しゃこたんのシルビアの姿は良くみかけます!)シルビアを忘れることは出来ません。しかしシルビアや86が走り屋専用の車と認識された頃には、すでに走り屋でもない普通の若者の車熱は下降気味だったのかも知れません。
そして世界にあまり同じようなデザインを見ない独特の美しいラインを持った最終型セリカを最後に普及車クラスのクーペモデルは無くなってしまったのです。
その後人気が盛り上がったのはワンボックス車です。最近ではインチアップしたりタイヤを太くしたり、あげくのはては車高までさげたワンボックス車まで見かけるようになりました。
地を這うような流線型の車がスポーテイだと思っていた僕にはまったく理解できないことです。

とはいえワンボックスだけでは飽き足らない若者のために過去から蘇ったクーペがその名も86です。
これはシルビアと並んで走りやのあこがれだったカローラレビン・トレノの86という形式名を復活させた車。しかしせっかくのこの車もごく一部の若者とヤングアトハートの中高年にしか受け入れられていないようです。
それでも新型のユーノスロードスターやダイハツコペン、ホンダS660など新型スポーツカーもどんどん登場してきています。とはいえこれらの車はあくまでニッチマーケットを狙った特別な車種です。ある意味スポーツというよりファッション性を狙っているのかも知れません。
そこで普通のセダンから派生したクーペモデルはどうなっているのかと考えてみたら、普通のセダンなんてもうほとんど存在しないではないですか!
サニー、カローラ、ブルーバード、コロナなどなどかつて一世を風靡した4ドアノッチバックセダンはいつの間にか消えて行こうとしているのです。
いやはや時代が変わったものです。というよりたんに僕が年を取っただけなのでしょう!


*2週間前に掛かりつけの眼科で網膜裂孔が判りレーザー溶接をしました。経過は順調ですが1ヶ月の運動制限を言い渡され卓球とバドは全休。原因は眼球の老化ーイヤデスネー。
*雨で水やりがお休みなのでお邪魔虫をしました。
目のほうは僕もやたら虫が飛ぶので心配になり検査してもらったのですが、老化ですみました。お大事に。


今思うとなんであんなデザインの車つくったのか不思議です。それにネーミングも怪獣みたいだし。