横浜美術館にメアリーカサットを見に行く。 |
横浜美術館の付近には良く行くのですが、美術館そのものにはそう頻繁に足を踏み入れることはありません。立派な建物の外見はそこそこ美しいのですが、魅力的なカフェがあるわけでもないし、手軽なレストランがあるわけでもないし建物の中の仰々しすぎる雰囲気になじむことが出来ないからです。(外観はなかなか良いのですけどね・・・)
この美術館が出来て間もないころ、ここを訪れてお茶を飲むのにエレベーターに5階だか6階だかにのぼり、そこにある殺風景な部屋にひっそりとおかれたベンチと自動販売機のある風景を見て【何とさびしい美術館なんだろう!】と思ったのがいまだに記憶にあります。この寂しい風景がこの美術館の建物のコンセプトを象徴しているように感じたのです。
建物を使う人が気持ち良く過ごすことができるかどうかを考えた建築と、見かけの立派さやモニュメントとしての建物の存在感だけを目的とした建築とはまったく別の物のように感じられます。そこらあたりが同じ建築物といってもおおいに居心地に差の出るところでしょう。
さてメアリーカサットです。彼女の名前を知っている人は日本ではそうはいないでしょう。僕も初めて聞いた名前でした。
むずがる子供を腕に抱きあやす母親のいかにも印象派風の絵を使ったポスターを見てこれは特に見なくていいかなと思っていました。
ところが知人のBTさんがたまたまこの展覧会に行って、想像していたよりずっと良かったと教えてくれまし。どうやら期待していなかったのでよけいに良く感じたそうです。
専門家である僕のクラシックの先生のIさんと話をする機会があったので聞いて見ると、【それは良いですよ!】とのこと。欧米ではとても有名な作家だそうですが、印象派好きの日本であまり知られていないのが不思議だそうです。
というわけで人の意見にすぐ左右される僕としては行かない訳にはいきません。
メアリー・カサットはお金持ちの米国人の娘でした。アメリカで絵を勉強した後にパリに渡り結局はその生涯をフランスで過ごしました。面白いのは当初は画家になることを散々反対した父親も晩年はフランスに移住しそこで生涯を終えたことです。晩年の彼女は印象派の絵を米国に紹介する上で大きな橋渡しをしたそうです。
もしかしたらカサットが日本でそれほど有名にならなかった理由として女性であるということがあるかも知れません。
古代はともかくとして中世の時代から現代にいたるまで女性の立場は微妙なものでした。芸術の分野においても偉大な音楽家や画家などずらーっと並ぶのは男性ばかりです。
そこには男女における才能の違いというよりも、もっと社会的な問題が潜んでいそうです。カサットの時代でさえ女性が絵の道具を持って屋外で写生をするなどという行為はもってのほかだったのですから驚くばかります。
先日TVでみたドキュメンタリーでバッハの有名曲のうちいくつかは実は奥さんが作曲したのではないか?という疑問を実証しようとする学者の話を見ましたが、なるほどそうかもしれないと思われるほど良くできていました。歴史の中では女性ということでその才能が隠されてしまっていることが随分とあったかも知れません。
僕が見た女性作家の展覧会でも記憶に残っているのはメッセージー色の強いレベッカ・ホルン、気持ちが悪い写真が強烈な印象を残すシンデイ・シャーマン、いかにも女性らしい艶めかしさを感じるような草間弥生、あまり有名ではありませんがけっこう好きで個展など見に行っている内倉ひとみなど数えるほどしか浮かんできません。
どれも女性でなくては作れないないような作品だと感じたのは見る方の偏見かもしれませんが、そのうち数パーセントはいまだ女性であることが不利な立場にある社会に対するプロテクトとしてのエネルギーのようなものが存在しているからかも知れません。
僕がカサット展を見て感じたのはこの展覧会につけられたキャッチ【溢れる愛とエレガンス】という言葉とはまったく正反対の強い意志と決意でした。
たとえば今回の展覧会で目玉とされているのが母親と子供を描いた一連の作品です。一見すると愛情にあふれた優しい絵のように見えますが、僕にはそれがどうしても宗教画の聖母像に見えてしまいます。
たとえばリンゴに手を伸ばす子を抱く母親の絵など、そこには母と子の愛情の表現というよりは何かそれを超えた毅然とした決意のようなものが感じられてしまうのです。
今回の展覧会で母子像よりも好きだったのは数々のエッチングでした。
こんなに沢山エッチングの作品が展示されていたことがまず驚きでしたが、彼女があらゆる手段で自分の表現の可能性を探っていたことが伝わってきます。そしてそのエネルギーと細部まで神経の行き届いたテクニックもまことに素晴らしいものだと感じたのです。
なるほどこれはBTさんが言っていたように想像していた以上に面白い展覧会でした。
外に出ると美術館の前には広いスペースが広がっています。
よこはまのみなとみらいが好きなのはこういう広い空間があるからです。
さすが三菱地所?というか景気の良かったころの名残といいますか、別棟のAT(アット)などの建物の内部も今の建物ではありえないほど広々とした空間が取ってあります。
一番新しい商業施設のマークイズの建物もなかなか凝った良いデザインだと思います。
この冬からこの広場を工事していて、いったいどんな風になるのか心配だったのですが、出来上がって見ると並木が増えただけでさほど景観が変わらないでほっとしたところです。
今回の写真はその美術館の周りの風景です。美術館とかコンサートホールというのはそこを出たときに広がる風景で見てきたものや聞いてきたものの印象ががらっと変わってしまうことがあります。
そういう意味では建物とその周辺というのはそれぞれ独立したものではなく連続したものだと思われるのですが、そのようにデザインされた場所というのが非常に少ないのは残念です。
などと難しい事を考えたのはほんの一瞬で、そのマークイズの地下にある美味しいインド・カレー屋さんにそくさくと向かったのでした。