印象派は浮世絵が生み出したものだ!という説を聞いたことがあります。
明治時代になって日本では軽んじられていた浮世絵は、なんとヨーロッパに送られる陶磁器の緩衝剤として使われていたのです。
それを目にした欧米の人たちはその新しさに驚きました。
中でも印象派を作り出した画家たちはその影響を強く受けていたのです。
まだ北斎がこれほどマスコミに登場する前、ちょうど今年の夏頃のことです。
Cさんのメールに北斎の諸国滝めぐりの内から【木曽路ノ奥阿弥陀ケ滝】の手刷り木版画を買ったということが書いてあり、その図も添付してありました。
Cさんは日本美術に造詣が深く今までも、いろいろ教えてもらっていたのですが、北斎が好きだったことは知りませんでした。
北斎の絵はだれもがどこかで見たことがあるほど有名ですが、滝の絵ばかりを8種類も集めたシリーズ【諸国滝めぐり】はそれほど有名ではないかもしれません。
この8枚の滝の連作はどれもすごいのですが、中でもこの【木曽路ノ奥阿弥陀ケ滝】はびっくりするほど斬新です。
真上からみた模様のような滝口、そこから流れる滝もまた模様のようで、滝だけ取り出してみたらまるで抽象絵画か現代デザインのように見えます。
その滝の横で宴を張っている男たち、落ちる水、滝のまわりの岩、すべてがこの世の中にありえないような場所なのにもかかわらず、ものすごく現実感もあるのが不思議です。
Cさんが購入したのは新しく刷り直したもので、この現代に新しい版木を作り直し、昔と同じ方法で新たに浮世絵を刷っている工房があることを知って驚きました。
そしてその手間にも関わらず、その値段を聞いてまた驚いたのです。
普通美術品といえば有名なものは何百万もします。
それが手刷りの本物の浮世絵が数万円で手に入るとは思いませんでした。
ちょうどこの頃、今回の展覧会【北斎とジャポニズム】が開催されることを知り、北斎に対する関心がむくむくと湧いてきたのです。
同時期にやっている【ゴッホ展 巡りゆく日本の夢】という、こちらもゴッホと浮世絵の関係に焦点をあてた展覧会が、入場2時間待ちと、きいていたので、おそるおそる行ったのですが、【北斎とジャポニズム】のほうは幸いそれほどの混雑ではありませんでした。
それにしても想像以上に点数の多い充実した展示でした。
そのどれもが、必ずしも北斎の影響だと断定できないものもありますが、北斎の影響を受けたと思われる作品を、これほど沢山、どこで探し、どうやって持ってきたのか、そこには頭が下がるような情熱が見えてきます。
ものすごい手間と労力がかかったことが、良くわかるような見ごたえたっぷりの展示でした。
いままで北斎の影響を受けていたとは聞いたことのなかったカサットとか、あの有名なセザンヌのサントヴィクトワール山の連作が、北斎の影響を受けていたのは初めてしりました。この山の格好だって実物より随分と尖って富士山風になっています。
その中の一枚は構図といい雰囲気といい、まさに北斎の絵と瓜二つなのですから驚きです。
(下は西洋美術館の側壁です)
面白かったのは絵画以外の分野にも北斎の影響が広くいきわたっていたということでした。
エミール・ガレを初めとした様々なガラス作品、カミューユ・クローデルの彫刻など、さらには家具やブローチなどの装身具まで北斎のモチーフをそのまま使っていたことに驚きます。
首にかけるロケットなど、あの小さな中に写真の代わりに北斎の絵が入っているのです。
また様々な工房が北斎の浮世絵をそのまま下絵に書き直し、それをお皿や花瓶などに焼いて美術品(装飾品)として販売していたことも初めてしりました。
それらの作品は今見ても欲しくなるほど美しいものばかりでした。
これほどヨーロッパ(特にフランス)で日本の浮世絵が親しまれていたとは!
実物を目にしてみると、それが実感としてよくわかります。
こうやって展示を見てみると、印象派を生み出したのは日本の浮世絵だった!という言葉がうなづけるほど、印象派の画家たちが強く影響を受けていたことがわかります。
それにしても世の中というものは不思議です。
印象派を生み出した画家たちが活躍していた時代には、日本の画家たちの目は西洋だけに向いていたのですから!その後の日本の美術界も多分そうだったのです。
(下は同じく西洋美術館の壁)
浮世絵も同様に明治以降は西洋画に近づこうとして、その独創性を失っていたように思えます。
先日ある浮世絵の展覧会に明治時代になってからの浮世絵がいくつか展示してありましたが、それは構図も西洋風であり、どこか力を失って、全く魅力的には見えませんでした。
(下はトーハクの夜景、ここはもっとじっくり行かねばなりません)
もしも明治になってからも浮世絵が日本国内でも正当に評価されていたら、美しいブルーを駆使していた北斎の伝統があるのですから、60年代にイブ・クラインが作って有名になったクライン・ブルーの代わりに、北斎ブルーの伝統を引き継いだ昭和の絵師によってUKIYOE BLUEが世界的に有名になっていたかも知れません?
そして僕の好きな60年代のフランス現代美術の美しい抽象的な作品以上に美しい抽象画の木版画が生まれていたとでしょう!
今までどうして印象派の絵ばかりが、日本でこんなに人気があるのか不思議でしたが
これだけ浮世絵に通じる部分があるなら、それを日本人が好むのも当たり前かもしれません。
それにしても想像以上に面白く見応えのある展覧会でした。